先日、政府が開いた新しい資本主義実現会議で、首相が「持続的な賃上げ実現には労働移動の円滑化が重要だ。日本企業の競争力維持のためジョブ型の導入を進める」と述べたことで、今はもう知らない人も少ないと思われる『ジョブ型雇用』。
今回は、この『ジョブ型雇用』の落とし穴について、解説していきたいと思います。
そもそもジョブ型雇用とは?
ジョブ型雇用は、特に欧米諸国で一般的な雇用形態で、日本でも近年、日本経済団体連合会の後押しなどにより、その導入が進んでいます。
●日本経済団体連合会とは?
1946年設立(旧)経済団体連合会と、1948年設立(旧)日本経営者団体連盟が2002年に統合し、現在の日本経済団体連合会(日本経団連)となる。
日本の代表的な企業1,542社、製造業やサービス業等の主要な業種別全国団体106団体、地方別経済団体47団体などから構成される、日本の経済を代表する団体。
★(旧)経済団体連合会(経団連)の主な役割・活動
政府への政策提言、国際的な経済活動への参加、企業経営に関する調査研究、情報発信など
★(旧)日本経営者団体連盟(日経連)の主な役割・活動
労働組合との団体交渉や労使協調の促進、労働基準法等の労働関連法令の制定・改正に関する意見表明、労働災害防止対策の推進、中小企業支援策の提言、経営コンサルティングや情報提供などのサービス提供、企業の経営に関する調査、研究海外企業との交流・協調の促進、国際的な経済ルール作りへの参画、日本の経済発展に向けた海外への情報発信、経営倫理の普及啓蒙、環境問題への取り組み、地域経済の活性化など
どういった雇用形態かというと、企業にとって必要なスキルや経験、資格などを持つ人材を職務内容を限定して採用する雇用方法です。
あらかじめ決められた内容や範囲内の中で業務を行い、その範囲外の業務は原則行わない、いわゆる専門職の採用基準ようなものですね。
ジョブ型雇用が注目された背景
ジョブ型雇用が注目されるようになった背景には、大きく3つの要因があります。
マクロ環境の変化
●マクロ環境とは?
企業が属する業界を取り巻く外部環境のこと。
企業にとってコントロール不可能であり、企業とは無関係に起きていること、具体的には政治的環境(Political)、経済的環境(Economic)、社会的環境(Social)、技術的環境(Technological)の4つを言います。
グローバル化の進展
世界的な競争が激化する中、企業はより高い成果を求められるようになりました。
従来からの日本では主流となっている、年功序列型のメンバーシップ型雇用では、勤務態度や意欲など成果面以外での評価が難しく、国際競争力を失う懸念が高まりました。
そんな中で、IT技術やデジタル化の進展により、特定の技術スキルが求められる場面が増加しています。
企業が国際的にこの競争力を保つためには、特定のスキルや専門知識を持つ人材を迅速に採用し、配置する必要があります。
ジョブ型雇用は、これらの技術スキルを持つ専門家を確保しやすくし、企業が技術革新に対応するための体制を整えやすくなります。
少子高齢化により多様化した働き方
日本では少子高齢化により、働き方の多様化が求められています。
少子化による労働力人口の減少と高齢化により定年退職が相次ぐ中、企業は限られた人材を効率的に活用する必要性が高まりました。
そんな中で、若年層では女性の労働参加により、自身のスキルを活かし、出産や育児など、家庭と仕事の両立を重視していたり、高齢層では定年後も働き続けたいと考える人や健康状態やライフスタイルに合わせた柔軟な働き方を希望する人が多くなっています。
企業としては、経験豊富な高齢者のスキルや知識を活かし続けられることや、女性ならではの視点による発想力と労働力を得ることができますので、かなりのメリットがあると考えられます。
ジョブ型雇用は、こうした個々のニーズに応じた柔軟な労働形態を可能にします。
メンバーシップ型雇用の課題
●メンバーシップ型雇用とは?
日本の従来の雇用形態であり、特定の職務に限定されず、企業全体の一員としての雇用を前提とし、職務は企業内でローテーションしながら経験を積むことが多く、長期的な雇用関係を結ぶ雇用形態。
他の特徴として、新卒社員を総合職として一括採用し、業務内容や勤務地を限定せずに雇用契約を結び、終身雇用を前提としており、企業の社風に適した人材を、長期にわたって育成する。
また、年功序列によって昇進が決められる仕組み。
成果主義の難しさ
先述でも記載した通り、従来のメンバーシップ型雇用では、勤続年数や勤務態度、仕事に対する意欲などを重視する傾向があり、個々の成果に基づいた評価や処遇が困難でした。
近年では、成果主義の導入が叫ばれていますが、年功序列的な日本の悪い習慣や人事制度との整合性など、多くの課題がありました。
若年層がよく口にする「勤続年数が長いだけで仕事をしない上司(先輩)の給与が高い」というのがいい例ですね。
キャリアパスの不明確さ
メンバーシップ型雇用では、個々の能力や希望に合わせたキャリアパスが描きにくいという課題もありました。
それは、従業員が企業の一員として様々な職務を振られてしまうため、具体的な職務内容や役割が明確でない場合が多く、自身がどのようなキャリアを歩むべきなのか予測しにくい状況になります。
また、昇進が年功序列や企業内での評価によって決まることが多いため、具体的なスキルや成果が評価基準として明確でない場合があり、これにより、従業員は自分の努力がどのように評価されるのか理解しにくくなってしまいます。
このように、キャリアパスが不明確だと、従業員のモチベーションが低下し、日々の業務に対する意欲が湧きにくく、結果として生産性が低下することにもつながります。
近年では、副業や転職が一般的になりつつありますが、制度上、キャリアチェンジが難しい状況でもあります。
働き方の多様化
先述でも一部触れましたが、少子高齢化以外の起因によっても働き方の多様化が着目されています。
多様な価値観の尊重
近年、男女共同参画やワークライフバランス、LGBTQ+ の理解促進など、社会における多様性が尊重されるようになっています。
●LGBTQ+とは?
Lesbian(レズビアン、女性同性愛者)
Gay(ゲイ、男性同性愛者)
Bisexual(バイセクシュアル、両性愛者)
Transgender(トランスジェンダー、性自認が出生時に割り当てられた性別とは異なる人)
Queer、Questioning(クイア、クエスチョニング、特定の枠に属さない人、わからない人)
上記の頭文字をとった言葉で、性的マイノリティ(性的少数者)を表す総称のひとつ。
ジョブ型雇用は、個々の能力や成果に基づいた評価を行うため、性別や年齢、ライフスタイルなどに関係なく、活躍できる環境を実現しやすくなっています。
副業・兼業の促進
一部企業では副業や兼業が解禁され、個人の裁量で働き方が選べるようになっています。
これにより、ジョブ型雇用では、職務内容や責任範囲が明確に定められているため、従業員は自分の仕事が何を求められているかを把握しやすいので、本業の時間外で副業や兼業に取り組む時間を計画的に確保しやすくなります。
また、本業と副業により自身の専門性を高めながら、複数の収入源を持つことで経済的な安定や自己実現を追求することができるので、ジョブ型雇用は副業や兼業を希望する人にとっては、非常に魅力的な雇用形態と言えますね。
これらの背景から、ジョブ型雇用は、企業がより競争力のある人材を育成・確保し、成果を創出していくための有効な手段として注目されるようになっています。
ジョブ型雇用の落とし穴?
先述で、ジョブ型雇用におけるメリットやメンバーシップ型雇用におけるデメリットをいくつかご紹介しましたが、そんなジョブ型雇用にも、下記のように落とし穴があるということをしっかりと認識しておくことが大切です。
報酬面と解雇の不安
勤続年数によって昇給が見込めるメンバーシップ型雇用と違い、ジョブ型雇用では、職務の難易度や責任の重度によって報酬が決められてしまうため、基本的に昇給はありません。
また、他にも能力不足と判断されてしまった場合には、容易に解雇されてしまうこともあります。
その点、メンバーシップ型雇用では、そのような不当とも思われる解雇は基本的にNGとされているため、業務上横領などの刑事事件に発展しない限り、解雇されることがありません。
個々の可能性の幅が縮小する
ジョブ型雇用は特定の職務に対する専門性を重視するため、従業員がその分野に特化しすぎる傾向があり、これにより、新しいスキルや知識を学ぶ機会が限られてしまい、キャリアの幅が狭くなる可能性があります。
その点、メンバーシップ型雇用においては、幅広く様々な職務に携わる機会が与えられますので、様々なスキルや知識を養うことができます。
とくに新卒社員にとっては、自身の専門性を見出せていない人が多数を占めますので、そういった自身の専門性を探すためには、幅広く様々な職務に携わることができる、メンバーシップ型雇用の方が効果的でもあります。
人件費の増加
ジョブ型雇用を導入した企業がコスト削減を実現したという話があります。
ただし、その背景として、中小企業や職種によっては、ジョブ型雇用の方が人件費が余計にかかってしまうという恐れがあります。
例えば、自社開発により収益を得ている企業であれば、ジョブ型雇用で運営していくスタイルの方が、ローコストで運営することができるかもしれませんが、業務委託などで収益を得ている企業にとっては、報酬単価が低いため、少ない人数で多くの業務をこなすことを余儀なくされています。
そのため、極力多くの業務に携わらせることでマルチジョブ化をして、収益化している企業がジョブ型雇用を適用してしまうと、逆効果になってしまう恐れがあるんです。
柔軟性の欠如
ジョブ型雇用では職務内容が明確で固定的であるため、業務内容が変わる際に柔軟に対応することが難しくなることがあります。
これにより、従業員の適応力や多様なスキルの習得が制限されることがあります。
また、欠勤や急な退職者が発生してしまった際など、代わりを担える人材が居ない事態を生んでしまい、業務が完全にストップしてしまう恐れもあります。
その点、メンバーシップ型雇用の場合は、複数人が同等のスキルを修得していたりするので、もし穴が空いたとしても、業務が滞ることがなく柔軟に進めることができます。
コミュニケーション能力の低下
ジョブ型雇用の特性上、コミュニケーション能力低下のリスクを伴う恐れもあります。
各従業員が自分の職務範囲に集中するため、他部門やチームメンバーとのコミュニケーションが減少する可能性があります。
職務が明確に分かれていることで、個人プレーが優先されることもあり、チームワークや協力の重要性が軽視され、部門間の連携や情報共有が疎かになることがあります。
リモート環境では、とくに意図的にコミュニケーションを取らなければ孤立しやすくなりますので、適切な対策をとる必要があります。
新卒者の就職難の懸念
ジョブ型雇用では、特定の職務に対して即戦力となるスキルや経験が求められるので、新卒者は実務経験が少ないため、即戦力として評価されにくく、採用のハードルが高くなる可能性や企業が求める職務要件を満たすのが困難であったりと、経験者が優先される傾向が強まります。
とくに経済状況が不安定な場合、企業はリスクを避けるために新卒採用を控え、経験者の採用を優先する傾向があります。
ジョブ型雇用の普及は、この傾向をさらに促進する可能性があります。
今後の動向次第では、インターンシップの重要性が重視され、在学中からインターンシップなどを通じて実務経験を積むことが重要になりそうですね。
未経験職種への転職が困難
これまでの流れから、当然ですが未経験職種へのキャリアチェンジも困難になります。
未経験職種への転職は、応募書類や面接で自身の適性や意欲を強くアピールする必要がありますが、それでも経験者と比べて不利な立場に置かれます。
ですので、未経験職種への転職を希望する場合は、資格取得やオンラインコースの受講、ボランティア活動や副業などを通じて、事前に関連するスキルや知識を身につけるための準備が不可欠になります。
ただし、不可能というわけではありませんので、こういった場合には相当の覚悟と努力が必要だということを認識しておいてください。
まとめ
このように、メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用のメリットやデメリットを考慮すると、どちらの雇用形態にも一長一短があり、それぞれの状況に応じて適切な形態を選択することが重要ということになります。
ですので、世の中的に「ジョブ型雇用が注目されている!」ということだけに惑わされず、しっかりと状況を見極め、自身に合った選択をし、必要に応じて自ら発信していくことも必要になってくるかもしれません。
私は個人的には、どちらにも属さず、メンバーシップ型主体のジョブ型が結果的に良い方向に向って行くのではないかと思います。
では、また。